私たちについて

生産者である私たちについて、自己紹介します。

生産責任者
田中栄夫(タナカヒデオ)
1970年生まれ
中央大学 理工学部 卒業
新潟県白根市(現在の新潟市南区)での幼少期を経て、高校まで新潟で青春を過ごし、大学入学を機に上京の道を選びました。卒業後しばらくは東京で働き(富士通)、都会の喧騒を感じながらも、ふとした瞬間に故郷の風景や家族の笑顔を思い出す日々を送っていました。しかし、心の中にはいつも農家としての運命への思いがありました。
両親が専業農家として生活していたため、農業の知識や経験は全くの素人でしたが、運命の歯車が回り始めると、7代目としての使命感と情熱を胸に、新たな人生の道を歩み始めることになります。帰郷後は、田畑という広大な敷地を舞台にして、稲作という美しい農業の世界に飛び込んでいくのです。
主人が手掛ける稲作は、一粒一粒に込められた情熱と愛情が感じられるものとなりました。その手で丹精込めて育てられた新潟産コシヒカリは、豊かな自然の恵みを受けて育ち、味わい深い美味しさが人々の食卓に届けられています。また、餅米としての一面も持つ彼の作物は、伝統的な日本の食文化に根付いた存在として、地域の誇りとなっています。
主人の農業は、ただ作物を育てるだけではなく、地域社会との結びつきを大切にし、持続可能な農業の実践者としての姿勢も感じられます。その生産面積は、年々増加の一途を辿り、今や広大な農地が彼の情熱と努力の結晶となって広がっています。
田中栄夫の人生は、単なる農業の道を歩むだけではなく、夢に向かって進む姿勢と努力の大切さを教えてくれるものです。主人の人生と農業への情熱は、未来の世代にとっても大きな勇気となることでしょう。

桃(もも)担当責任者
田中理世(タナカマサヨ)
1975年生まれ
神奈川県相模原市緑区 出身
夫との出会いは、駆け抜けるような都会の喧騒の中で芽生え、運命の絆を紡ぎました。夫の故郷への帰郷に合わせ、私の足跡も新潟へと移り、新たな人生の舞台が広がっていきました。最初は新潟県白根市(現在の新潟市南区)の近隣にあるアパートで静かな日々を過ごし、その後の結婚を機に、私たちは同じ屋根の下で家族としての日々を重ねることになりました。
農業という未知の領域に足を踏み入れるまでは、私にとっては全く異なる世界でした。しかし、運命の歯車が回る中で、私の人生にも大きな変化が訪れることとなります。数年前、義母が突然の訃報によりこの世を去り、桃畑を担当していた人手が一瞬で欠落してしまったのです。その瞬間から、私は農業の世界に飛び込む覚悟を決めることになりました。
現在では、毎日の生育管理から収穫、出荷、そして通信販売の受注管理や入金の確認、宅配便の手配など、多岐にわたる業務をこなす日々を送っています。桃畑に足を運び、一つ一つの木々と対話しながら、その成長を見守る喜びは言葉には言い尽くせないものがあります。私は、農業を通じて命の尊さや豊かな自然の恵みを改めて感じることができるようになりました。
家庭と農業、両方の役割を果たす日々は、忙しさと挑戦の連続ですが、その中で培われる絆や成長の喜びは何物にも代えがたいものです。私は3人の子供たちの母親として、また農業の担い手として、これからも地道に努力し、未来に繋がる価値ある足跡を残していきたいと心から願っています。

長男
2003年生
東京工業大学 理学院 数学系 3年
東京都目黒区在住
新潟県での高校生活を過ごした後、大学進学とともに東京へ上京しました。大学生活の中で、鳥人間コンテストのサークル「Meister」に所属しており、今年はプロペラ担当として活躍しています。
鳥人間コンテストは、空を飛ぶ装置を自作し、琵琶湖で行われる大会で競い合うイベントです。息子はそのプロペラを担当し、チームの一員として優勝を目指しています。緻密な計画と創造力を駆使して、空を舞う瞬間を追求しています。
忙しい大学生活と鳥人間コンテストの準備に追われる日々ですが、彼はバイトをする余裕はほとんどありません。サークル活動に情熱を傾けているため、時間の制約がありますが、その情熱と努力は惜しみなく注がれています。
将来に向けて、鳥人間コンテストの経験を通じて得たチームワークや問題解決能力は、きっと彼の成長を後押しすることでしょう。どんな困難にも立ち向かい、夢に向かって突き進む彼の姿勢に、私は心から尊敬と期待を寄せています。

長女
2005年生
中央大学 文学部 西洋史学専攻 1年
東京都多摩市在住
私の娘は、小学校時代からバレーボールプレーヤーとして輝いてきました。今年の春、大学入学と同時に東京で新しい生活を始めました。大学でもバレーボールサークルに所属し、週3日は情熱を注いでプレーしています。
彼女は高校時代、世界史が得意科目でした。特に第一次世界大戦の頃の歴史に魅了され、その時代の出来事や人々の物語に心惹かれていました。将来は高校教諭として、生徒たちに歴史の興奮を伝える存在になりたいと考えていた時期もありました。その情熱と知識は、私も胸を張って誇るものでした。
しかし、最近では彼女の夢が少しだけ変わったようです。私としてはちょっぴり心配なところもあります。夢や目標は自然に変わるものだとわかっていますが、母親としてはいつも彼女を支え、彼女自身が自分の道を見つける手助けをしたいと思っています。
彼女の新しい夢がどんなものであれ、私は彼女の選択を尊重し、全力で応援したいと思っています。バレーボールの情熱と歴史への興味、どちらも彼女の魅力的な一面です。彼女が幸せになる未来が待っていることを信じて、これからも彼女の成長を見守りたいと思います。

次女
2009年生
新潟県新潟市の中学生
次女は、姉の影響で小学校からバレーボールを始め、その情熱で中体連新潟県大会にも出場しました。センターポジションでチームを支え、その姿は本当に素晴らしいものでした。
しかし、現在はバレーボールを引退し、受験勉強に集中する時期に差し掛かっています。とはいえ、まだやる気スイッチが完全に入らない様子です。思春期の影響もあってか、私との関係も時折バチバチになることがありますが、私は彼女の成長の過程を理解し、あきらめることはありません。
私たちは家族として、お互いを支え合いながら成長していく過程を大切にしています。パパに対しては歯向かうことはないのに、私に対しては時折生意気な態度を見せることもある妹ですが、それも成長の一環と受け止めています。
受験勉強に取り組むことは大切なことですが、私は彼女に自分自身を見つける時間も必要だと思っています。やる気がスイッチが入る日が来るまで、私は彼女をサポートし、彼女自身が自分の進むべき道を見つけられるよう、心から願っています。
彼女の未来には素晴らしい可能性が広がっています。私は彼女が自信を持って進むことができるよう、これからも全力でサポートし続けたいと思っています。

義兄
1969年生
山形県山形市在住
義兄は、ちっぽけなインターネット関連の会社を経営しています。ホームページの管理は義兄が担当しており、彼の手腕によってサイトは円滑に運営されています。
山形と新潟は車で3時間ほど離れていますが、年に数回、義兄が手伝いに来てくれます。彼のサポートがなければ、私たちの小さなチームではホームページの管理や技術的な問題に対処することが難しいでしょう。
義兄はメタボで、少し動くだけですぐに滝のように汗をかいてしまいます。体力的にはあまり戦力にはならないかもしれませんが、それでも彼の協力は大変ありがたいものです。
彼は私の義兄です。そのため、彼に対して強く指示することは難しい面もあります。時には戦力としては限定的かもしれませんが、彼の存在は私たちにとって大きな支えとなっています。
将来的には、できるだけ効率的に作業を進めていく方法を模索していきたいと思っています。彼の尽力とサポートがあってこそ、私たちのちっぽけな果樹畑も成り立っているのだと感謝の気持ちを忘れずに、これからも努力していきたいと思います。


1971年生
神奈川県相模原市緑区 出身
私の姉とは4つの歳の差がありますが、立場的には私が上です。彼女はおっちょこちょいで、圃場を歩いていると、よく泥道で転んでしまいます。特に桃畑では不器用な一面もありますが、袋を被せてくれたり、出荷用の箱を手作りしてくれるので、その気持ちはとても嬉しいものです。
旦那さんである義兄は、3時間のドライブが苦にならないタイプのようですが、姉は遠出が苦手なようです。それでも、たまに遠くから手伝いに来てくれることがあります。正直なところ、もっと姉に手伝ってもらえるとありがたいなと思うこともありますが、彼女のことを思うと、無理強いはできません。
家族としての絆や助け合いの精神は大切ですが、姉妹それぞれに性格や状況が異なることもあります。姉のおっちょこちょいな一面や、遠出が苦手な性格も、私たち姉妹の個性の一部として受け入れています。
どんな些細な手助けでも、姉がしてくれることは嬉しく思います。彼女の存在は私の生活に温かさをもたらしてくれることを心から感謝しています。これからも姉との時間を大切にし、お互いに支え合いながら歩んでいきたいと思います。


1997年生
東京理科大学 創域理工学研究科 先端化学専攻 修了
昨年、修士課程を修了し、その後大阪のパナソニックで働いています幼少期から野球をしていた経験があり、中学学生時代は野球に熱中していました。
しかしとても生意気な甥です。最近では合コンが忙しいとかで、何も手伝ってくれないという状況が続いています。正直言って、時折その態度に頭を悩ませることもあります。
甥には彼自身のやるべきことや生活があることも理解しています。若い世代としての楽しみや忙しさも大切ですし、私も若かった頃は様々な経験を積んで成長してきました。だからこそ、彼にも彼なりの成長や学びがあるのだろうと思います。
家族としての絆は、時には思いがぶつかることもありますが、その中でお互いを尊重し理解し合うことが大切です。甥の忙しさや生意気さも、家族の一員として受け入れつつ、彼の成長を見守りたいと思います。


2000年生
高崎経済大学 経済学部 国際学科 卒
2023年3月、彼女は大学を卒業しました。自分探しの旅に出ており、放浪の日々を楽しんでいます。2024年4月からは無印良品に就職する予定です。
学生時代は4年間、群馬県高崎市で暮らしていました。その間、スターバックスでバイトをしており、バリスタの認定も取得しました。コーヒーへの情熱を追求し、そのスキルを磨いてきました。
来年は、どこに配属されるかはまだ分かりません。そのため、一度は東京での生活を経験してみたいとの憧れから、現在はとりあえず東京に滞在しています。しかし、その間も放浪の気持ちを持ちながら、新たな経験や出会いを楽しんでいます。
未知の道が広がるこの時期、自分自身と向き合いながら、将来のキャリアや人生の方向性を模索しています。どんな選択をしても、経験は彼女を成長させてくれるはずです。

特定商取引法に基づく表示

組織名 新潟県新潟市南区(白根産) 桃(もも)通販センター
代表者 田中栄夫(タナカヒデオ)
サイト https://www.niigata-momo.com
所在地 〒990-0054
山形県山形市六日町9-7
連絡先 023-629-9366
メールアドレス
商品名称 新潟県白根産の桃(もも)
価格 別途ページにて記載しています
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